光のメガリス 第四話

「何だかさあ・・・・・・敵少なくなって、いい感じよね・・・?」
 ラベールの呟きは、二人の耳には届かなかったかのように、空しく響いた。彼女自身もその言葉は、全く場違いだと知ってはいたが、それでも何の反応も示さない二人に、少し腹を立てる。
(何で二人とも、そんなにピリピリしているのかしら?)
 少なくとも、敵が少なくなったのは事実である。二手に分かれたときは、全く進めないほど、敵が次から次へと出現し、このまま力尽きるまで戦い続けるのかと思ったほどだ。それが、先ほど急に出て来なくなった。代わりとして、嫌なオーラがメガリス中に漂い、二人・・・・・・特にウィルが、いつも見せない顔をしだしたが。自分にはよく分からないが、『エッグ』といわれているクヴェルの話の時、彼はいつもこんな表情になってしまう。
 道が、いくつもの道に枝分かれしていた。ウィルは迷うことなく右から三番目の道を選び、コーデリアもそれに続いた。ラベールも、仕方なくそれに続く。会話は、全くない。
 そもそも、ラベールは『エッグ』のことをほとんど知らなかった。そのクヴェルをめぐって、ウィルの両親が殺され、コーデリアもその犯人に瀕死の重症にさせられた。それだけである。なぜ彼がここまでそのクヴェルに執着するのか、理解ができない。
 唐突に、ウィルは立ち止まった。
「コーデリア、ラベール・・・・・・・・・」
「な、何?どうしたの??」
 彼の表情は真剣そのもので、むしろ、冷静さを失っているようだった。彼は二人に向かって、訴えるように訊く。
「この先に、悪魔がいる。何人もの人の血を吸い、人生を狂わせてきた悪魔が。奴は、これからもっと多くの人の人生を狂わそうとしているんだ。僕は、これからそいつと戦い、粉々に壊す。正義感とか、そんな綺麗事じゃない。僕は・・・・・・僕自身のために奴と戦うんだ。身勝手な・・・・・・ただ、自分を納得させたいから。命を落とす可能性が、とても高いのに。コーデリア、ラベール・・・・・・もう一度聞きたいんだ。今の話を聞いても・・・・・・君たちは、この先に進んでくれるかい?」
「もちろんよ、ウィル・・・・・・」
「!!?わ、私だって!当然でしょ!?」
突然の話に・・・・・・ラベールはついていけず、コーデリアに先手をこされた。話の内容は分からないし、この先は危険だということも分かった。しかし、彼女は戻らない。コーデリアに負けたくないというつまらない意地もあるだろう。しかし、それよりも強い何かが、ラベールを動かしていた。ウィルは笑って言った。ずいぶん久しぶりの笑顔のように、彼女には思えた。
「ありがとう、コーデリア、ラベール・・・・・・行こう」


(どこかに、ヒントがあるはずだ・・・・・・)
攻撃が出来ないという状況は、体力的にも、精神的にも辛いものがある。
さらにタイラーは、もともと術が得意ではない。長年の経験から、回復術くらいは使えるが、それは戦いの終了後、じっくりと傷を癒すためのものであり、あまりスピードは速くない。
彼は長年鍛えた技を使い、敵の懐に飛び込んで、一気に勝負を付ける戦法が得意であった。それは・・・・・・今のこの状況では、敵の攻撃を見切り、かわし続けることしか出来ないことを意味している。
巨大な角を持つ野獣が、超スピードで突進してくる。彼はそれをギリギリでかわした。頭の中で、過去も同じことがあったな、と考える。
(ありゃーウィルたちと会ってすぐだったか・・・・・・同じく東大陸に渡った時、まだ対戦経験の少ないウィルをかばって、こいつの突進を食らったな・・・・・・)
 余計なことを考えていたせいだろうか。彼は、後ろからのスケルトンの切り付けへの反応が、若干遅れた。普段なら難なくかわし、反撃の一発でもくれてやるところだが、彼はやや大きく間合いを取り、かわした。
(危ねえ・・・・・・こいつは頭は悪いが、攻撃力は侮れない。打ち所が悪ければ、一発で・・・・・・あいつの様になる)
ウィルと出会う前、コンビを組んでいた相棒の姿が浮かんだ。無残に頭を破壊され、大の字に倒れこんだ姿。ずいぶん昔の話だったと言うのに、はっきりと思い出せる。ウィルたちと出会ってから、忘れかけていたことなのに。
そう思っていると、再びモンスターの術が繰り出された。さらにタイラーは焦る。
(・・・・・・くそっ、何思い出しているんだ!俺は!!・・・・・・?)
 自分は、こうまで過去に捕らわれていたのか?タイラーは自分に問う。答えは否だ。未来のことなど分からないし、過去のことに何の意味もない。自分らにあるのは、『今』だけ。それが自分の信条だった。こんな用に、過去を思い出すなどということは、ディガーになってから、した覚えがない。



「なんだ・・・・・・??何なんだ、これは!!!」
ぐらぐらと揺れているだけだったメガリスの天井が崩れ、マリクはそれに当たりそうになった。彼は脅えながら、エッグを取ろうと手を伸ばし・・・・・・すでにそれは宙に浮いていることに、いまさらになって気づいた。
(クッ・・・・・・マッタクキサマラキョウダイハ、ヤクニタタンヤツラバカリダ!!!)
「・・・・・・!!!誰だ!!どこにいる!!?お前は、私を今までどうしていたんだ!!?」
 マリクは、急に弱気になった自分自身の変化に驚いていた。口調も変わっていたのだが、今の彼には、そんなことを考える余裕は失われている。
(オレハオレダ。イママデニ、ミテミヌフリヲシテキタキサマデモワカルダロウ?)
「だ・・・・・・誰だ!!お前は誰なんだよっ!!お、教えてくれ!」
 そう言いながらも、マリクはエッグに向かって手を伸ばし・・・・・・そしてそれは宙を切った。彼の瞳に見えるものは、驚愕と恐怖、そして絶望だろうか。
(モウオマエニヨウハナイ。コノめがりすハ、トキヲタチスギタ)
「何のこと言っているんだよ?・・・・・・このメガリスのパワーを吸収するんじゃなかったのか?超古代文明が、自らの力を封じたメガリスの中でも、特にここがアニマの質がいいんだろ!!?」
(ツクヅクニブイヤツメ・・・・・・トキガタチスギタトイッタロウ。ココノあにまナド、トウニチカラハウシナワレタノダ。モウジキないつノヤツモヤッテクルダロウ。イマイマシイ・・・・・・モウキサマニヨウハナイ。ワガあにまノイチブトナレ!!!)
「な・・・・・何・・・・・・・・・うわああーーーー!!!!!」
 エッグから生えた触手が、目にも留まらないスピードでマリクに向かって動く。彼は恐怖に脅え・・・・・・いや、正常な状態でも、身動き一つ出来なかったであろう一撃を心臓に受け、絶命した。何本もの触手が彼の身体に接近し、腕、胸、腰・・・・・・あらゆる場所に突き刺さった。びくびくと彼の身体は震え、アニマはエッグに吸収される。
 ひからびた死骸となったマリクを、エッグはゴミのように投げ捨てた。触手を回収し、ころころとエッグは転がり、先ほどの紋章が書かれた地点の中心に収まる。どういった顔をしているのかは分からないが、もしそれを知ることが出来るのなら、哂っていたのだろう・・・・・・自分には、無限の時間がある。人間とは違うのだ。
 直後、その天井が瓦礫となって大量に崩れた。干からびた死骸はあっさりと押しつぶれ、永遠に誰の手にも渡ることはなかった。



ブーメランのように投げられた斧は、部屋の周りを数回転し、鏡のような壁に無数に傷をつけながら、再び彼の手の中へと戻った。それと同時に、残り数匹となっていたモンスターは、すべて消滅した。
「ふう・・・・・・こんなもんか」
 あのモンスターが、己の心が産み出したものだとすれば・・・・・・この鏡を通じて、心の中の印象深いモンスター達が出てきたのだとすれば・・・・・・磨かれた鏡のような壁さえ壊せば、姿は消えてしまうはずである。予想通りの結果に、タイラーは拍子抜けさえした気分になった。しかし、気を抜いてはいられない。
「俺の相手などしてられないってくらい、奴は何かを懸命にやっているわけだ・・・・・・くそったれが!」
一人で毒づき、タイラーは入ってきたほうとは逆の方へと走り始めた。その足が止まることはなかったが、途中で彼は少しだけ振り返る。
「だが、感謝しなくちゃな。俺は、あんな幻を見るほど、まだ過去を引きずっているってことだからな・・・・・・」
 心の中のどこかにしまい込んだ、陰気なアルバム。ウィルと出会ってから、その中に誰かが増えることなどなかった。久しぶりに誰かが増えてしまいそうな予感に、タイラーは身を震わせた。
 絶対に、俺が生きている限り、ウィルをあの『思い出』という名のアルバムの中には入れさせはしない・・・・・・!!!
 命を懸けたその決意を胸に、タイラーは全力で走った。メガリス内のアニマの振動。その根源へ。



「ここまでだ!!マリク・・・・・・いやエッグ!!!」


 握られた杖から樹のアニマを具現化し、杖の周りにそれを宿らせる。ウィルはその杖を高速で振り回し、突進した。『疾風打』と呼ばれている高位の術技である。ウィルは、目標である一体はもちろん、その周りの敵さえまとめて片付けた。敵のアニマが宿っていた肉体を失い、天へと召されて行く。
「くそっ・・・・・・。一体にどこにいるつもりなんだ?早くしないと、天井が・・・・・・」
 ウィルは、ここに至ってようやく脱出のことを考え始めたわけではない。そんな考えは、当の昔に捨て去っていた。今のセリフは、エッグを仕留めることすらできず、犬死にしてしまうかも知れないという予感からである。
 また一つ、瓦礫が彼の目の前に落ちた。入った時は美しかった壁の姿は、今では見る影もない。それでも壁はいまだに光を反射し、ウィルの顔を映し出した。
(ずいぶん、酷い男だな、僕は・・・・・・)
 今までに、いくつしたか分からない自嘲的な笑い。薄笑い程度の笑みを浮かべ、彼はこぶしを握り締めた。
 ぱりん、という音と共に、壁は音を立てて崩れた。
 ウィルはあたりを見渡したが、そこに映るのはまたしても自分の姿だった。・・・・・・それも、現在の彼ではなく。
「僕はウィル。ウィル・ナイツです」
「だから、僕が行くって言っているだろ!」
「はい、よろしくお願いします!」
「僕の意見が反映されないなら、僕はこの仕事を降りますよ」
 いくつの彼の幻影が、現れては消えていく。ぼんやりと、彼の目に、血まみれの少女が横たわる。
「コーディー!!」
 そのセリフが終わる前に幻影は終わり、そして弓をひけず、がたがた震えている女と、それを責める男が現れた。
「もう兄さんなんかじゃないんだ!!このままじゃ殺されるんだぞ!!」
「いや・・・・・・いやああ!!!」
 責めている男の顔は、パーティ全体のことを考えているようで、そのくせ実は自分勝手に命令していて・・・・・・。
 続いて現れたのは、鉱山の必死で走る若者。側で、下敷きになった人々のうめき声が聞こえるのに、彼にそれは届いていない。必死でそれを聞き取ろうとしているようで、やっぱりそれは出口を探しているようで・・・・・・。
「やめろ・・・・・・!!」
繰り返される過去。いくつもの後悔。あのときの自分の冷酷さ、身勝手さ。もっと自分にはうまくやれたはずだ。なのに、なのに・・・・・・。
暴風の中、数人の男が倒れていた。全身を切り刻まれ、意識を失いそうになりながらも、それでもまだ立ちあがろうとしている。しかし、男たちの思いは違う。たった一人、一人を守るため、残りの男は立ち上がろうとしていた。その守られている男は、ただの憎しみ・・・・・・復讐のためにここにいるというのに。
「やめろ、やめろおっ!」
 しかし、相手は強大すぎた。いくら子供といえ、人がドラゴンに勝てる理由などなかったのだ。その時、たった一人の女性が立ち上がる・・・・・・・・・。
「・・・・・・やめてくれっ!!」
 叫びは、鏡の中のものだったか、それとも彼自身のものだったのか。
「かりそめの力で、調子に乗ってんじゃないよ!!」
 女性は怒鳴り、全身全霊、自身の生涯全てを込めたアニマを爆発させる。
 倒れた彼女の身体は、信じられないほど痩せ細り、目には生気が無く・・・・・・。
 幻を見せられている。気付いてはいたが、ウィルはそこから抜け出せない。身体中から汗がほとばしり、歯がぎちぎちと音を立てた。
(ボクガイナケレバ・・・・・・)
 頭の中の声。罠だ。分かっている。しかしそれでも、考えずにはいられない。
(ボクガイナケレバ、コンナコトニハ・・・・・・)
 自分に問う。お前は今までに、何人の人の人生を狂わせた?何人の人を巻き込んだ?何人の人を惑わせた?いくつの命を奪った?
 誰かが聞く。エッグだろうか?・・・・・・黙れ。その一言が考え付かない。自分は、この世界に不要な・・・・・・いや、あってはならない存在なのか?皆を不幸にすることしか、出来ないのだろうか?
「あ、あああ・・・・・・」
 意識が遠のいていく。走馬灯が頭の中を駆け巡り、ブラックアウトしていく・・・・・・その意識の中、何故か、いくつかのシーンは消えずに残った。
「私はコーデリア。あなたたちを守るヴィジランツよ」
「ちっ、まあいい。アレクセイのパーティに加わるよりはましだからな」
「俺は、お前の感覚を信じる」
「・・・・・・だって、兄さん泳げなかったもの」
色が薄れ、白黒になり、それでも真っ白にはならなかった。声が小さくなり、ささやくようになり、それでもちゃんと聞こえていた。彼の意識は、保たれていた。
「ウィル!!!」
 呼ぶのは誰か?行かなくてはいけない。たとえ何があっても、このままではいけない。
(オマエガイナケレバ、オマエガソンザイシナケレバ・・・・・・)
 しつこく呼びかけられる声。しかしそれは、新たに現れた影が消し去ってくれた。
「ありがとう、ウィル。お前はいい子だよ」
「ううん、なんでもない。一緒に行くのも変だから、先に加わっているね!!」
「男を追っているの。これ以上言わせないで」
「頑張れよ、ウィル。実を言うとな、私は寒いのが苦手なんだ」
「連れて行ってくれるか?ウィル」
「ここの料理は絶品だと聞いたんだがな〜」
「「「「「ウィル!!」」」」」
 目を覚ますと・・・・・・そこには、彼らがいた。悪夢の中、自分を護り、救ってくれた人達。
かけがいのない仲間――――タイラー、コーデリア、ラベール。
「勝ったみたいね・・・・・・エッグの・・・・・・ううん、自分の幻影に」
「みんな・・・・・・・・・なんで」
 いくらなんでも、抜け出すと思っていた。いや、そうして欲しかった。
「いきましょう、ウィル。時間がないわ」
「でも、エッグが・・・・・・」
「お前は、そのせいで俺たちも殺す気か?」
 タイラーが言った。鋭い言葉。
「もしその気ならついていってやる。地獄の底までな。だが、それが嫌なら帰れ。さもないと俺たちも帰れない」
「タイラーさん・・・・・・」
 彼を見つめる六つの瞳。その視線に耐えられなくなり、ウィルは下を向き・・・・・・そして次の瞬間には走り出していた。どんなに急いだとしても、間に合わないかもしれない。だが、そんなことは今までにもよくあることだった。
「ごめん、みんな・・・・・・」
 何故、自分自身を否定していたのか?―――ウィルはもう、そのことが不思議なほどだった。それは今まで自分が出会い、触れ合った人々全てを否定することになるのだから。



 崩れ落ちるメガリスを、エッグは浮遊しながら移動していた。・・・・・・少々遊びすぎたか。忌々しいあのナイツを、自分自身で抹消させてやる気でいたが、とんだ茶番だった。結局一人のときに殺すチャンスを逃し、無駄に丈夫に作ってあるメガリスのおかげで、このままでは逃げ出してしまう。
 ウィルたちが気付くことはなかったメガリスの出口付近まで来たとき、エッグはころりと、地面に着地し、そのまま動かなくなった。
 がらがらと音を立て、崩れ落ちていく内部。しかし、その入り口だけは、ふさがれることはなかった。
(マタ、スグニデモアウコトニナルダロウ・・・・・・)
 数日後、名も知られない盗賊は、先日崩れ去ったメガリスへの入り口をみつける。その中で見つけた卵形のクヴェルは、常に不気味に輝き、彼はそれを手放さなかった。
 やがてさまざまな経路を経てアニマ教の使徒の手に渡った時、彼らは再会することになる。

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