光のメガリス 第一話

1252年  ヴェスティア。各地からディガーやヴィジランツが集まり、情報収集や仲間集めに励む町。ここ数年で は、氷のメガリスで偉業を成し遂げた、『タイクーン・ウィル』を訪ねて来る者も多い。 澄んだ空に、心地よく身体を駆け抜ける風。数日前に雨が降ったが、地面はもう乾いていた。ここまで 天気が良くて、気分が悪くなるはずがない。 「ふー。今日もいい洗濯日よりだねえ!おじいさんも、お散歩ですか?」 「ええ。なんだか、気分がうきうきしてきましてね」 一人の主婦が老人に声を掛け、老人もそれに答える。ふと、怪しい声が二人の耳に届いた。 「もし・・・ここに、タイクーン・ウィルの行きつけの酒場があると聞いたのですが・・・・・・ご存知ですか な?」  全身をローブで覆った、30〜40歳ごろの男だった。漆黒の髪に鋭い瞳。頬は青白い。声の質が独 特で、話し方等からしても、何かの宗教に関わっているように思える雰囲気を漂わせている。 「は、はあ・・・。いつもは、あっちのほうに見える酒場にいますけど・・・・・・」  おどおどと答える主婦に、男はうっすらと笑いを浮かべた。 「これはどうも。私のためにお時間を取らせて申し訳ありません」 深々と頭を下げると、男はその酒場へと向かっていった。 「あの・・・・・・教えて良かったんですかね?いかにも怪しげな人でしたが・・・・・・」 「うーん、ま、大丈夫じゃないかね?人は見掛けによらないって言うし」 老人は心配になったようだが、主婦の方はどうってことない、という表情をしている。心配を吹き飛ば すように笑うと、 「それに、ほら。ウィルさんの周りにいる人って、結構珍しい人が多いでしょ?いつもいがみあってる あの女の子二人とか、すっごい怖い顔なのにモヒカン頭の男とか、毒舌な割には世話好きで、よく苦労 してる術士とか」 「は、ははは・・・・・・、確かに、そうかも知れませんな・・・」  そのセリフを彼らが聞いたら、どんな顔をするだろうか。やがて老人は、いつもの散歩コースを歩き 出し、主婦は自分が洗濯物を干しに出てきたことを思い出し、これ以上、会話を続けることは無かっ た。  ヴェスティアの酒場は、大抵の場合にぎわっている。  新米のディガーやヴィジランツは、まずヴェスティアで仲間を見つけるものだし、そうでなくても、 この町は多くのメガリスに近く、また、あちこちに船も出ている点から、拠点として最適なのである。 この酒場は昔から、多くの歴史に残るディガーが旅立った場所でもあった。 「いらっしゃーい!!」 男が中に入ると、女マスターの元気な声が聞こえてくる。こういった、多くの人が集まる場所を男は苦 手としているのだが、あたりを見渡さなくとも、ウィルがいる場所は見つかりやすかった。多くの人々 の声が飛び交う中、その場所は何かが違っていたからである。 ゆっくりと、その『何か』を確かめるかのように、男は近づいていった。 そこでは男が三人で話をしていた。何のことはない、ただの世間話だ。 ・・・・・・?? 二、三歩男が歩いただけで、その中の一人、一番若い男が、こちらの方を向いてきた。 「どうした?ウィル?」 そばのカウンターに座っていた人物―――おそらくナルセスという男だろう――――は、ウィルに何か を尋ねようとしたが、やがて彼も男の方を向いた。 ウィルはじっとしたまま、動かない。その眼に映っているのは、男の姿というより、その身体に宿るア ニマだろう。 ウィルの目の前にまで来て、男はようやく口を開いた。 「あなたがタイクーン・ウィルさんですね?」 「そうですが・・・僕に何か用ですか?」  投げられた質問に答え、ウィルは当然のような疑問を口にする。わざとらしい口調で、男は答えた。 「これは失礼。私、名前をマリクと申します。あなたなら、数日前に南大陸で見つかった、光のメガリ スの事は知っていますよね?」  光のメガリスという名前を聞いて、そばにいたもう一人――――タイラーがゆっくりこちらを向い た。敵意があるわけではない。ただ、じっと男を観察し始めたのだ。 光のメガリスは、南大陸で最近見つかった新しいメガリスのことである。中からは神聖な空気が漂い、 モンスターさえあまりいないので、さっそく中を探索しに行ったディガーも多い。 ただ、今のところ無事に生還し、それなりの収穫を得たものの話は聞いていない。噂では、中に入って も、クヴェルどころかツールさえなく、一番強いアニマを感じる奥では、同時に異常な殺気と恐怖を感 じると聞いている。生きて帰ってきた者は誰もが、もう二度とあそこには潜らない、と宣言していたら しい。 ウィルも、一度入って確かめておきたいと思っていた場所である。 「実はですね・・・・・・。私はそのメガリスを探索しようと考えているのです。ですが、いかんせん私一人 では多少不安なこともありましてね・・・・・・。あなたにご協力をいただければ、と思った次第です」  ここまでくると、ナルセスはすでに興味を失っていたようだ。 (話にならんな)  わざわざ危険なメガリスの探索に、足手まといなど連れて行けるわけがない。  しかし、相変わらずマリクは、微笑を浮かべたまま、ウィルを品定めしているかのようである。つづ けて、僅かに瞳を細め、 「私は、少しばかり術を使う程度で、自分の身を守るのが精一杯でしょうから、分け前はほんの少しで かまいません。たいした戦力にはなれませんが、足手まといにはならないと思いますよ。それに、私を パーティーに加えることを、あなたに強制はしないつもりです。全ては、あなた自身で決定してくださ い」  ウィルの脳裏にさまざまな疑いが、浮かび上がってくる。彼は、それは浮かんではそれを否定し、浮 かんでは否定し、何かを言い掛けようとして・・・結局口をつぐんだ。 「・・・・・・解りました。いつ出発するんですか?」 瞬間、ナルセスは盛大に飲んでいたビールを噴き出した。 「ウィル?何のつもりだ!??」  女マスターが差し出したタオルを受け取るよりも、ナルセスはまずウィルに詰め寄った。が ――――。 「これはありがとうございます。まさか、本当にあなたのような有名な人と共にいけるとは、思いもし ませんでしたよ。出発は、明後日にしましょう。それまでに、適当に仲間を加えなさってもいいです よ」  マリクはナルセスの存在を無視した。というか、本当に見えていないかのような振る舞いだ。 「・・・おい、貴様・・・・・・ッ!」 「ナルセスさん」 マリクは先ほどまでナルセスを無視しておきながら、急に彼に視線を向ける。 「ウィルさんの言うとおり。これは、私とウィルさんの問題ですよ。ナルセスさんですか?あなたはす でにヴィジランツとしては引退しているはずです。ウィルさんと共にメガリスに行くわけではないので すから、口を挟まないでもらいたいですね」 「何だと・・・・・・」  と、そこまできてナルセスはようやく頭を冷やし始めた。いかんいかん、自分としたことが、こんな 男に踊らされるとは。 「フン、それは悪かったな。・・・いや、本当に悪かった。あんたのアニマが、昔私が大嫌いだった奴の アニマと似ていたものでね。奴は他人に敬語なんて使わなかったが、たいした力もなくて、臆病者の癖 に他人を見下している点では誰かと同じだな・・・・・・」  いつも通りの毒舌が出た。マリクはそれを微笑んで受け流すと、くるり、ときびすを返した。 「言っておくが、ウィルを甘く見るなよ。妙なことは考えないことだ」 ナルセスは言ったが、はたしてマリクがその言葉を聞いているか疑問だった。 フン、と鼻を鳴らして彼は座っていたカウンターに戻ろうとする。 「おい、ウィル。一体何故あんな奴と一緒に行く気になった?」 彼としては当たり前のことを言ったつもりだったが、ウィルはぽかん、とした顔をしている。 「??えっ・・・・・・どういうことですか???」 「だから、あのいかにも怪しそうな役にも立たないオカルト野郎を、何故仲間にしたか聞いているの だ!」 役にたたない・・・・・・ナルセスはすでにマリクの力を決め付けている。 「だって・・・・・・仲間は多いほうがいいじゃないですか!!それに、僕を誘ってくれる、ということは、 僕を信頼してくれているってことですよ。そんな人の願いを、聞かないわけにはいかないですよ」  ウィルは、大真面目な顔で言った。今度はナルセスの方がぽかんとする番である。 (・・・・・・しまった・・・。こいつは偉大なるディガー、『タイクーン』であるまえに、究極のお人好しで もあったのだ・・・!!) こうなるとウィルの次のセリフは決まっている。 「それに、ナルセスさん。僕が一度でも協力の誘いを断ったことがありましたか?他の人には協力する のに、あの人だけ協力しないっていうのは、差別ですよ」 「そのセリフは今までに何度も聞いた。だがな、今回ばかりはやめておけ。それというのも・・・・・・」  ナルセスがわけを言おうとした瞬間――――。 「ウィル!!私、明後日にヴィジランツとして雇われることになったの。・・・一緒に行ってくれないか な!!?」 「ウィ〜ル!!明後日、ヒマ?私と一緒にどこかへ出かけましょ!」  バシン、と酒場のドアを勢いよく開けて入ってきたのは、いがみあってるあの女の子二人こと、コー デリアとラベールである。氷のメガリスの探索を終え、落ち込んでいたラベールだったが、ウィルは彼 女を根気よく励ました。彼女は見事立ち直り、今度はウィルを追ってヴェスティアにやって来たという わけだ。おかげで二人は、ことあるごとにウィルを取り合っている。 いつもなら、またうるさくなる・・・・・・と頭を悩ませるナルセスだったが、今日だけはちょうどタイミン グだ、と思わずにはいられなかった。  ウィルは、せっかくの二人の誘いを断るのに少し罪悪感を覚えたが、 「そ、それが、僕は明後日から、光のメガリスの探索に行くことになったんだ。・・・ごめん」 「「ええっ!!」」 「おい!小娘ども、お前らもこいつを説得しろ!!こいつの連れて行く奴がだな・・・・・・」  ナルセスが詳しく話そうとする前に、二人は再び行動を起こしていた。 「わかったわ!!私、今すぐ依頼をキャンセルしてくる!光のメガリスに行くときは、私と一緒に行っ てくれるって約束したものね!!」 「なっコーデ・・・・・・!!ウィル!私も一緒に行くわよ!ずっとあたりをうろついている、変な虫がウィ ルに必要以上近寄らないようにしなくちゃ!!」  来た時よりもさらに激しい音を立てて、二人は酒場を飛び出していった。  ・・・・・・虚しさに耐えられなくなり、ナルセスが周りを見渡すと、客はあわてて顔をそらした。なぜか は不明だが、今目を合わせると、何か、やばいような気がしているのだ。 「ま、そういうことだ、ナルセス」 今まで黙っていたタイラーだが、身体を起こしながら彼は言った。 「ウィルの身を心配する気持ちはわかるが、それよりも、俺達はウィルの決断を信頼するべきじゃない か?俺もウィルと共に行くつもりだ。いいよな?」 「は、はい、いいですけど・・・・・・」  ウィルが返事をしたが、それよりもナルセスは何かを言いたげだ。 「タイラー・・・・・・」  しかし、見透かしたかのように彼は言った。 「ナルセス、お前の言いたいことは解っている。俺でさえ気付いたんだ。まさか、ウィルが気付いてい ない、なんてことはないだろ?」  ちらりとウィルの方を向いたタイラーだったが、その時、ウィルの身体がぎくりと震えたのに気付い ただろうか。しかし彼はすぐに、もう自分のいうことはないというかのように二人に背を向けてしまっ た。  やれやれとナルセスは頭を抱え――――――。そしてつぶやくように言った。 「あのマリクとかいう男のアニマ・・・誰かに似ていたな」 「・・・・・・」 「だが、少なくとも本人じゃない。もし奴なら―――・・・」 「・・・・・・ナルセスさん・・・」 ウィルはナルセスの言葉をさえぎろうとして・・・・・・そして何も言えなかった。 「もうとっくに十年以上経つな・・・・・・あいつが死んでから」  ウィルは言った。 「アレクセイ・ゼルゲン」  ナルセスと目が合う。 「解ってました。ずっと向かい合った時に感じたあの悪寒は、アレクセイのアニマそのものです。で も、その他のものが微妙に違っていた。声も、顔も。それに、奴はあの時・・・・・・・・・」 「ウィル?いや、私はその事を思い出させようとしていたわけでは―――――」  酒場には、すでに夕日が差し込んできている。それが彼の顔に当たり、熱を帯びてきている頬を解り にくくさせていた。ナルセスの言葉をさえぎり、ウィルは搾り出すようにそれを続ける。 「・・・殺したんです!僕が、ニーナ叔母さんの命と引き換えに!!コーディーを殺されかけたという憎 しみと怒りに取り付かれて、耐える事が出来なくて―――」 「もうやめろ!!」  ナルセスの怒鳴り声で、ウィルははっとなった。 「いつまで自分を責めているつもりだ!お前はあの時の怒りを否定する気か?血塗れのコーデリアを見 て、感じた怒りと憎しみを否定するのか?・・・ニーナは、それを肯定するために死んだのだ!!それ に、アレクセイは、私が知っているだけで5人のディガーとヴィジランツを殺した覚えがある。エッグ に取り付かれたあの男は、アレクセイであってアレクセイではない。エッグという化け物にアニマを喰 われた、ただの人形でしかないぞ!!」 「・・・・・・ナルセス・・・さん・・・・・・・・・」  くるりとナルセスは後ろを向いた。照れ臭かった・・・・・・というのがその理由だが。 (取り乱してしまったか。・・・ガラでもない)  柄でもない・・・・・・本当に自分はそうなのか、とナルセスは自分に問いかける。だが、どうしてもこの お人好しで、自己犠牲的なディガーを見ていると、ほうって置けなくなってくることは確かだ。  その空気を吹き飛ばすように彼はいつものように怒鳴る。 「いつまで、気にしてるのだ・・・この馬鹿者が。まだやつが何者かなんて解らないのだから、気のせい だという確率もある。明後日・・・・・・とにかく、気をつけろよ。これでお前らが死んだ、なんてことにな ると私が止めなかったせいだ、という事になりかねないからな」 「はい!!」  ウィルもいつものように返事をする。  これでいい。  ただ、胸の中のもやもやが晴れないのは、やはり気のせいではないだろう。  あいつなら、大丈夫だろうな。ナルセスは誰にも聞かれないようにつぶやいたが、タイラーは、それ を聞いてにやりと笑っていた。

製作者■リズム■第2話■ □Back